サーフィンと湘南

サーフィンと湘南に関する記事を入手したので書いてみます。
サーフショップの増加は、サーフィン人気、サーフィン人口の増加が要因と推測されますが、そのほかに湘南が都心部に近く、交通の便が良いということにあると思います。
湘南の場合はアクセスがしやすいという地理的条件のために人が集まり、サーフィンショップが増加し、初心者の方などは、現地へサーフボードなどを持たずに出かけて、湘南のサーフショップでサーフボードのレンタル、グッズの調達をすることができます。また、サーフショップでサーフィンの初心者講座というか、サーフィンスクールも開催され、技術指導を受けることも可能であるという条件から、さらに人が集まるという、集客のための好循環が形成されています。
これは、サーフィン人口の増加や、10年ほど前はサーファーの男女割合が9:1だったのが、最近では7:3ぐらいに女性のサーファーが増え、これにつられて男共もさらにはじめるという感じでしょうか。キムタクと静香とロングボードなんかね。(^^;)
レジェンドサーファージェリー・ロペス、エレキギターのベンチャーズ、ビーチボーイズなどの活躍などの情報が入ってきた日本でのサーフィンの人気、さらに、60年代後半から70年代のサーフィンの関連記事を分析すると、圧倒的に湘南に関する記事が多く、流通する情報が圧倒的に多かったということもまた、湘南へのサーファー人気を加速させた原因の一つでしょう。
私がサーフィンを始めたころの、70年代の後半から80年にかけて、サーフィンを楽しむ人はどのくらいいたのでしょうか。1976年の日本プロフェッショナル・サーフィン連盟のデータによれば、当時のサーフィン人口は約15~20万人と少なく、スポーツとしてはマイナーな存在だったようです。(※) しかし、余暇開発センターの『レジャー白書(1976年)』によれば、サーフィンは「今はしていないスポーツで、将来したいと考えているもの」の上位にランクインしており、湘南、サーフィンをキーワードに、サーフィン人気を引っ張っていったと考えられます。
1976年後半から1978年頃には、ウエストコースト(アメリカ西海岸)のファッションが全盛期を迎え、その末期から1976年にかけてはよりラフで、スポーティ、かつ健康的なスタイリングのサーファーファッションがはやり、ファッションが先行してサーフィンブームを牽引していたことが想像されます。
このような状況下で進行したのが、ライフスタイル、スポーツであるサーフィンが、ファッション化していくという始まりだったのかも知れません。
そういえば丘サーファーってはやりましたね。あ、あれはナンパ目的か。
(※)80年代前半頃の平野サーフビーチは、もうショートボードが主流でした。当時のレジェンドに、アメリカから取り寄せた6’7くらいのライトニングボルトのシングルフィンを譲ってもらって、ビート板でのボディーボーダーからサーファーに昇格。サーフィンを教えてもらってました。
 

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です